筋ジスまっとんの日常

まっとんの隣で感じたこと

メディアは『死にそうだけど頑張っている障害者』が大好き

どうも、あずです。

今回は感動ポルノとかそういう類のものにまつわるの話。

 

とあるイベントに行ってきた

先日まっとんがFacebookのシェアで発見したイベントに同行してきました。

満員御礼! ウブマグ特別対談企画!in福岡 「俺は寝たきりになるけれど… 」トークライブ 

簡単に言いますと、PLSという難病の男性と福祉とエンターテイメントを掛け合わせたイベントを企画している団体の代表のトークイベントです。

 

そちらの様子までここで書いてしまうと読むのがとても大変になってしまうので、別でまとめました。

イベントに行けなかった方や興味ある方は参考にどうぞ。

ちなみに、編集とか面倒だったので要約のメモをほぼそのまま載せております。 

kinjisumatton.hatenablog.com 

 

結局実績づくりのためなのか

『誰のためのイベントなのか』というのは行く先々で感じることなのですが、今回のケースはまた胸糞悪い感がすごかったです。

 

今回のイベントが行われたお店はお洒落なスペインバルでした。

行く前に念のためGoogleマップで段差の状況を確認したところ、5階のお店に行くためのエレベーターに乗る前に階段があるという有様でして。

 

しかしこういうことは今回が初めてではないですし、他にも車いすの方は来るだろうと主催も分かっていて(主催の片方も車いす)これか…と店に到着する前から気持ちが萎えている私がいました。

 

受付の人に事情を伝え、数人に手伝ってもらい会場に到着。

受付も無事に済んだのはいいけどお店ちょっと狭ない…?

まっとんの直後に車いすの人がいらしており、場所取りに関して我々の中で無駄に揉めることに。

この辺も主催の人達に考えて欲しかった点の一つ。

 

そんなこんなしてたらイベントが始まりまして、主役の二人の話をひとしきり聞いてエネルギー有り余ってる人に付き合うの意外としんどいと感じる自分がいました。

というのも話の流れから、来ている人みんなで自己紹介をする流れになりまして。

社交辞令的な自己紹介とか死んでもやりたくない私はまっとんの付き添いとして空気になることに。

詳しくはイベントの流れに書いていますのでそちらを見ていただくとして…

 

話を聞きに来ているだけの人間にそれ以上のことさせるなよと思ったのは私だけなのでしょうね…

今後まっとんと一緒に動くにあたって正直不安になる状況でした。私はワイワイやるノリは苦手であり、騒がしいところはまっとんと意思疎通が取れなくてストレスしかありません。 

もちろんまっとんとは自己紹介をしてくれた方もいましたが、名刺交換をしたわけでもなく挨拶程度だったのでその後のつながりも一切ありません

 

少しでも行って良かったことを書きたいけれど、ここまでお店の料理が美味しいこと以外にポジティブな要素が出てきません。

話している様子を見て特に難病の当事者側の方に感じたのは『自分がやりたいことをやってもらって多少なりとも儲けたり実績作れたりとかいい仕事やな』ということでした。

この日も新聞社の取材が入っていたそうで、今回のこともさぞ有意義な時間だったと記事にされることでしょうね(クソが)。

 

 短い時間でどれだけのことを伝えられるかが勝負

今回のイベントで私が最も勉強になったことは

筋肉が衰えた(又は何らかの麻痺により)発語が聞き取りにくい人の話は、全体の僅か数%しか聞き取ってもらえないということ

難病の彼の考えていること、思いはもっと別のところにあったのかもしれませんが、すくなくとも私には『笑顔でいること』『仲間を作ること』『病気になってすぐは死にたいとずっと思っていた』『感謝をすることで幸福感が増えた』ということしか受け取ることができませんでした。

  

まっとんに至っては私の速記のレポートを見ながら内容を把握していたくらいです。

PCのメモ機能にひたすら要約し続けていたのですが、私も初見のためかなり神経を使って話を聞く必要がありました。

まっとんの話す状況もそうですが、慣れない人にとって『聞き取りにくい人の話を長時間聞くのは地獄』です。

 

彼に会えただけでいいっていう人は別として、あの環境で彼の話を聞き取れた人は一体どれだけいたのでしょうか。

聞き取れなくてもいい、やることに意義があると言う奴はこれ以降は読んではいけません。

 

もちろん自分で努力していることもあるかもしれない。

しかし、限られた人生の中でどれだけのことができるかは自分で努力できるかどうかだと私は思います。

彼からは『誰かにやってもらえるからそれに感謝して自分は幸せ』という印象ばかりを受けてしまい、元々健常者として生きてきた人間が難病になって死んでいく典型的な姿を見てしまった気がします。

彼が幸せならそれでいいかもしれませんが、障害者として生きるならもっとしっかり生きてほしいなと年下ながらに思いました。

 

こういう障害者もいると割り切って付き合える人は意外と少ないのです。

まとめ

今回のイベント話を聞いて感想を一言でいいますと、前述の通り障害や難病と無縁な健常者が障害を抱えて生きるようになるとこういう事になりがちだよな…という以外何もないです。

 

しかし新聞やテレビなどのメディアはこれらの類の話というのが大好物です。

なぜならシナリオを書きやすいから。

ブログを書いている方ならより共感してもらえると思いますが、面白い記事を書くためにネタを探したりしますよね。

時にブログで記事にするために自分で色んなことに挑戦することもあるでしょう。

障害当事者を取り扱うニュースやドキュメントは題材が当事者に依存するため、よりマイナスな状況からそれをプラスの状況に変えている人を取り上げがちなのです。

何もないところから構築するより、ベースがあるところから組み替える方が何かと楽ですよね。どの人の特集も同じようなまとめ方になるのはそういうことです。

 

全部がこうでないにしろ、こう考えているディレクターは非常に多く存在するのが事実ですし、まっとんが直面している現状だったりします。

 

ずっと提唱していますけど、残念ながらメディアに出だしたら死期は近いですよ。

 

それをどう捉えるかはその人次第ですけどね。

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おわり。